環境衛生行政の歴史

当社のビルメンテナンス業務は、建築物の衛生的な環境を守る仕事です。基本的には建築物衛生法に基づく建築物環境衛生管理基準に従って管理しています。

そういった衛生的環境を守る基準が、どのように構築されていったかを知るために、日本における環境衛生行政の歴史をまとめてみます。

古代から明治時代以前

古事記、日本書紀、大宝令などの資料によると、崇神天皇時代(6世紀末)から奈良朝時代にかけて、痘瘡、赤痢、腸チフス、発疹チフス、マラリア、癩病などと推定される伝染病が発生し、特に痘瘡の流行によって多くの死者を出したようです。コレラの流行は文政5年(1822年)以降、ペストは明治30年(1896年)以降に日本に入ってきました。

これらの伝染病に対して日本は、東洋医学に依存し遅れていたことと、衛生水準が低かったために、伝染病による被害は少なからざるものがありました。古代から江戸時代までの朝廷や幕府の伝染病に対する対策は、加持祈祷でした。崇神天皇時代の記録では、人びとは各地の社で神に平皿・楯と矛と布などを献じたとあります。これは、信仰が主体の行為で病理学的な対策ではありませんでしたが、神社網を通じて地域的に情報を細かく、確実に伝達・収集する役割を果たしたようです。

明治時代の環境衛生行政

衛生問題が行政として大きく取り上げられるようになったのは明治維新以降です。明治時代には、衛生行政分野において、長与専斎衛生局長を初めとして、後藤新平、北里柴三郎など優れた医系技官が活躍し、衛生行政制度の整備が大きく推進されました。明治5年には文部省に医務課が設けられ、明治7年には、日本における総合的衛生制度の起源となる「医制」が発布されました。

当時の衛生行政において最大の問題は伝染病予防対策でした。コレラは、明治10年から24年頃まで数次にわたって大流行し、痘瘡や赤痢も相次いで流行しました。当時の環境衛生は極めて劣悪なうえに、文明開化に伴う産業発展、交通の発展が、伝染病流行の温床になっていたのです。

このような中で伝染病予防のために、明治23年「水道条例」、明治30年「伝染病予防法」、明治33年「下水道法」および「汚物掃除法」が制定されました。現在はこれらを土台として、衛生環境を守る効果的な施策がとられていますが、明治時代においては、法律は制定したものの施策を進め、衛生環境を大きく改善するところまで行かなかったようです。

戦後の環境衛生行政

その後、第二次世界大戦の終戦による社会混乱に伴って、急性伝染病の流行、食糧の不足等により、国民の保健状態は最悪の事態に直面しましたが、それを克服するために、衛生行政が新しく拡充強化されて行きました。

環境衛生面においては、戦後、「清掃法」(昭和29年法律第72号)、「水道法」(昭和32年法律第177号)、「下水道法」が相次いで制定され、環境衛生施設が整備されるなど、環境衛生は大きな発展を遂げました。しかし、一方で経済の発展のひずみとして公害問題、産業廃棄物問題が、新しい環境衛生上の問題として登場してきました。このような社会環境において、建築物の環境衛生管理の問題が取り上げられるところとなったのです。
公害問題については、昭和45年末、公害国会ともいわれた臨時国会で、多数の関係法律が制定、改正され、翌46年には環境庁が設置されました。

建築物衛生法の制定

このような公害問題の動きの中で、戦後急速に増えてきた人工環境の大型ビルなどの環境衛生管理制度として、昭和45年4月「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」(略称「建築物衛生法」)が制定されました。これに続いて、衣類、家具、塗料など家庭用品について、難燃性、柔軟性、防かび、防虫などのため加工に使用される化学物質の規制を行うため、昭和48年「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」が制定されました。また、し尿浄化槽の普及に伴い、昭和58年5月「浄化槽法」が制定され、浄化槽設備士、浄化槽管理士の国家資格制度等も設けられました。

現代の環境衛生行政

昭和から平成へと時代が移り、保健衛生行政全般の動きとして、平成6年7月には「保健所法」が「地域保健法」に改正され、保健所を設置する地方公共団体が大幅に増加しました。これに伴って「建築物衛生法」も多くの権限がそれらの地方公共団体に移譲されました。

新たな感染症

平成以降、環境衛生行政に関わる新たな問題が顕在化しました。その一つに建築物の水利用設備や温泉・浴場施設などを感染源とするレジオネラ症があります。平成14年には「建築物衛生法」の政省令改正により建築物での維持管理方法が定められ、「基本指針」(最終改正平成24年告示第464号)で、社会福祉施設等に対するレジオネラ症防止対策の推進が示されました。

高齢化社会における課題

高齢社会となった我が国において、主に高齢者が使用・利用する社会福祉施設の環境衛生管理では、レジオネラ症・インフルエンザ・ノロウイルス感染症等の感染症対策の重要性がますます高まっています。

シックハウス

シックハウス問題など室内化学物質対策も新たな課題となりました。平成14年、厚生労働省は13種類の化学物質について室内濃度指針値を定めたガイドラインを策定し、「建築物衛生法」や「建築基準法」などでもホルムアルデヒドの基準値が設けられ、「基本指針」にも化学物質対策が記されました。また、昭和50年代頃まで建築物に使われたアスベストは、肺がんの原因となることが問題となり、昭和63年、環境庁から「建築物内に使用されているアスベストに係る当面の対策について」が示されました。

媒介動物が関わる感染症

国際化にともなって、媒介動物(昆虫)が関わる感染症対策が大きな課題となって来ました。デング熱と媒介蚊、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)とマダニ類など、従来とは異なるねずみ・昆虫等対策が環境衛生行政に求められています。ねずみ・昆虫等対策の手法として総合的有害生物管理(IPM:Integrated Pest Management)が取り入れられるようになりました。(総合的有害生物管理とは、病害虫の防除に関し、利用可能なすべての防除技術を利用し、経済性を考慮しつつ、適切な手段を総合的に講じる防除手法です。)

その他の課題

現在、建築物衛生行政を取り巻く時代的・社会的要請には、地球温暖化対策とも関わる省エネルギー技術、化学物質使用の低減化、自然災害などに対する危機管理、受動喫煙防止対策などがあり、課題が多様化しています。地球温暖化対策については、平成28年からは環境省の「エコチューニング認定制度運営ガイドライン」によってエコチューニング事業者認定が開始されました。